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鹿児島地方裁判所 昭和42年(行ウ)5号 判決 1970年6月04日

原告 中森朝熊 外三名

被告 鹿児島県知事

訴訟代理人 日浦人司 外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

(一)  被告は、原告中森朝熊に対し金二五四万八〇〇三円、原告中島親信に対し金二六四万六一七三円、原告中森利夫に対し金九八万六〇一六円、原告中森利行に対し金一〇二万九一五九円およびそれぞれ右金額に対する昭和四二年二月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案の前に)

(一) 原告らの訴をいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求原因

(本案につき)

主文同旨の判決

一  別紙第一目録記載1ないし4の物件は原告中森朝熊の別紙第二目録記載の1ないし7の物件は原告中島親信の、別紙第三目録記載の各物件は原告中森利夫の、別紙第四目録記載の各物件は原告中森利行の各所有であつたところ、被告は昭和四〇年九月二二日建設大臣より鹿児島都市計画公園来業として鹿児島市吉野町七社に吉野台地公園を設置するにつき、事業執行者としての指定を受け、更に昭和四一年四月一五日起業者として、収用する土地細目の公告および通知をなし原告ら所有の各物件を右事業のため収用することになつた。ところが、右収用に伴う損失補償額について当事者間に協議が調わなかつたので、被告から鹿児島県収用委員会に対し裁決の申請がなされたところ、同委員会は、原告らの前記各物件について収用の時期を昭和四二年二月二二日(ただし、原告中森朝熊の所有する別紙第一目録記載1の土地八、〇八九番については三月三一日)とし、補償金を、原告朝熊に対し金二〇七万五六九七円(内訳は別紙第一目録記載のとおり)、原告中島に対し金二六九万一、二七六円(内訳は別紙第二目録記載のとおり)、原告利夫に対し金一三八万七、六〇三円(内訳は別紙第三目録記載のとおり)、原告利行に対し金一一五万五、三四八円(内訳は別紙第四目録記載のとおり)とする旨裁決した。

二  しかしながら、右損失補償額は著しく過少であり、原告らの算定によると第一目録物件等に対する補償額は金四六二万三、七〇〇円(内訳は別紙第一目録下欄に記載のとおり)、第二目録物件等に対する補償額は金五三三万七、四四九円(内訳は別紙第二目録下欄に記載のとおり)、第三目録物件に対する補償額は金二三七万三六一九円(内訳は別紙第三目録下欄に記載のとおり)、第四目録物件に対する補償額は金二一八万四、五〇七円(内訳は別紙第四目録下欄に記載のとおり)がそれぞれ正当である。ことに、原告中森朝熊および同中島親信は本件収用により農業経営上極度に支障を用じ多額の損失を蒙つたので、被告は同原告らに対しては相当の生活費を補償すべきである。すなわち、

(イ) 原告朝熊は原告利夫を使用して本件収用地において農業を営み、年間米二三俵(もみ付、九万四、〇〇〇円相当)、大豆六俵(一万八、〇〇〇円相当)、ソマ八俵(二万四、〇〇〇円相当)、一五万円相当の野菜、小麦一〇俵(二万円相当)、大麦六俵(一万二、〇〇〇円相当)、菜種九俵(二万三、四〇〇円相当)、肉牛二頭、豚二〇頭(飼育による収入六五万円)を生産し、農薬代、肥料代を控除しても年間少くとも一〇〇万円以上の収入をあげていたが、本件土地収用により畑一枚一八三八平方メートル(一反八畝一六歩)を残すのみとなり農業を継続することが不可能に近い状態にある。しかも右状態は少くとも一年間は継続するので、被告は別紙第一目録の末尾に記載のとおり原告朝熊の一年間に得べかりし利益金一〇〇万円を補償しなければならない。

(ロ) 次に原告中島は第二目録1ないし7の物件の収用前肉牛飼育販売を業とし、年間八頭平均を成牛にして販売し少くとも五〇万円の利益をあげていたものであるが、本件収用裁決により、吉野町八、〇五五番および六、〇五六番の採草地を喪つたため、肉牛飼育が不能となり、畜産による収入の途を絶たれたので、被告は別紙第二目録の末尾に記載のとおり少くとも一年間の収入喪失額五〇万円を補償する義務がある。

三  よつて、原告らは被告に対し、原告ら主張の各補償額から各裁決補償額を差引いた申立記載の各金員およびこれに対する本件土地収用の日の翌日である昭和四二年二月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

第三被告の本案前の抗弁

土地収用法一三三条に規定する損失補償に関する訴では収用という公権力の行使そのものの適否が問題とされるものではなく収用の効果としての補償金の多寡が争われるにとまるから、行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟ではなく、同法四条に規定する当事者訴訟である。ところで、当事者訴訟では、被告適格者を行政庁とする抗告訴訟の訴訟形態の特質を具有せず、当該法律関係の実質上の関係人を当事者とする。従つて、本件当事者訴訟における被告適格者前記都市計画事業の費用負担者である鹿児島県が訴の相手方となるもので、国の行政機関である鹿児島県知事を相手とすべきではない。よつて、本訴は被告適格を誤つたものとして却下さるべきである。

第四請求原因事実に対する被告の認否および主張<以下省略>

理由

(被告の本案前の抗弁について)

原告らの請求は、土地収用法一三三条所定の収用委員会の裁決のうちいわゆる損失の補償に関する訴に該当する。ところで、この訴は同条二項により同法八条一項所定の起業者を被告としなければならないから、本件において果して被告が右起業者に該当するかにつき考える。被告は昭和四〇年九月二二日鹿児島市吉野公園設置事業につき建設大臣より事業執行者としての指定を受け、更に昭和四一年四月一五日起業者として土地細目の公告をなしていること、その後、土地の損失補償について当事者間に協議が調わなかつたので被告が同様起業者として鹿児島県収用委員会に対し裁決の申請をなしていることは当事者間に争いない。被告は右収用関係の権利義務の帰属主体である鹿児島県を相手とすべきものと主張し、なるほど、旧都市計画法第六条、第六条の二、第七条の規定に照し、本件公園設置事業の費用を負担し、かつ、本件収用地の所有権の帰属するところが鹿児島県であることが認められるけれどむ、同法第五条、同法施行令第三条の規定による執行行政庁の権限と、右争いのない事実に照すと本件事業の目的達成のために被告が起業者として現実に行動してきたことの明白な本件においては、被告をもつて、土地収用法にいわゆる起業者に該当すると解してもさしつかえないというべきである。よつて被告の本案前抗弁は理由がない。

(本案について)

請求原因一項の原告ら主張事実は当事者間に争いがないので以下鹿児島県収用委員会の裁決補償額の当否について判断する。

第一原告らに対する収用地の損失補償について

鹿児島県収用委員会の裁決した一平方メートル当りの収用の単価は金四五四円または金三六三円であるのに、原告はそれぞれ金七九〇円ないし金六三〇円が相当だと主張している。

(一)  そこで、まず、本件収用地一帯の地理的条件および収用の前後における地価の変動についてみるのに、

(1)  <証拠省略>を総合すると、本件収用地一帯は海抜約二五〇メートル、鹿児島市中心地から約八キロメートル北東に位置し、勾配のゆるやかな南傾斜の土地で鹿児島市吉野町地内にあり、現況は主として畑地であり一部に山林若くは宅地が存在しているが、東側は絶壁を経て錦江湾に面し桜島や大隅半島に至る絶景を眺望でき、北側には南国産業開発株式会社が経営する風光明美な南国ゴルフ場が隣接しており、南側には近接して七社部落があり、直線で約二、五キロメートル南西に吉野町大明ケ丘住宅団地があり、約三キロメートル南西に同町天神山団地がある。交通関係は南国交通バスが鹿児島市内より南国ゴルフ場前迄一日三往復、七社部落まで一五往復しているほかに、鹿児島市営バス「寺山公園行」が南国ゴルフ場前を通過していることが認められる。

(2)  <証拠省略>を総合すると(ア)南国地所株式会社又は南国産業開発株式会社は、不動産業あるいはゴルフ場建設のために昭和三三年頃から本件収用地近隣の土地の買収を行つてきたが、買収価格は当初九九一平方メートル当り金二万五、〇〇〇円から六万円(一平方メートル当り二五円ないし六〇円)位であり、昭和三七、八年頃までは大体金一五万円から一八万円(一平方メートル当り一五〇円ないし一八〇円)程度であつた。(イ)ところが、鹿児島県が昭和三九年四月頃本件収用地一帯のうち三一・二三ヘクタールを吉野台地公園の対象地とし、その対象地全体を宅地見込地と評価し対象地をその品質によりA、B、Cの三段階に分類し、右分類による各価格を一平方メートル当りそれぞれ金四五四円、四〇三円、三六三円とし、右基準に従つて昭和三九年の半ば頃から昭和四一年八月頃までに公園予定地の一九・三三ヘクタールを買収したが、(ウ)売買の協議が成立しなかつた当事者との間では鹿児島県収用委員会に土地収用の裁決申請をなしたところ、同収用委員会は本件収用地の損失補償については右鹿児島県の補償額を相当と認め三・六九ヘクタールを収用した。(エ)鹿児島県の右土地買収により本件収用地近隣の地価は著しく騰貴し、南国地所株式会社や南国産業開発株式会社も、その後は、鹿児島県と同一の九九一平方メートル当り金四五万円(一平方メートル当り四五四円)を標準価格として土地を購入する方針をとるに至つた。(オ)本件収用地近隣の地番六、〇〇〇番台から八、〇〇〇番台に亘る土地の昭和三七年から昭和四二年八月頃までの取引価格は後記記載の「売買事例」のとおりである。(カ)他方、鹿児島県農業会議刊行の昭和四〇年度田畑売買価格等に関する調査結果で昭和四〇年度中鹿児島県の都市地域における上等畑の平均売買価格は九九一平方メートル当り金二一万円(一平方メートル当り二一二円位)であり、畑が宅地用として取引されている場合の平均価格は金七一万一〇〇円(一平方メートル当り七一七円位)となつている。(キ)また、吉野町大明ケ丘団地および天神山団地の宅地造成に際して昭和四〇年七月から昭和四二年三月末日までの間に三六・九ヘクタールの用地買収がなされたが、その平均買収価格は三・三平方メートル当り金一、二二七円(一平方メートル当り三七二円位)であつた。(ク)鹿児島市の中心地と大明ケ丘団地のほぼ中間にある坂元町辻ケ丘団地の造成に際し、昭和三九年一〇月から昭和四一年一月までの間に一三・二八九四ヘクタールの用地買収がなされたがその平均買収価格は三・三平方メートル当り金二、七〇〇円(一平方メートル当り八一八円位)であつた。

「売買事例」<表 省略>

以上の事実が認められる。右認定を左右すべき証拠はない。

(二)  従つて、以上の事実に<証拠省略>を対照して考察すると、本件収用時における本件収用地付近の標準となるべき正常価格は九九一平方メートル当り金三〇万円ないし四五万円であり、別紙目録記載の収用土地の裁決価格はいずれも相当とみることができる。

(1)  すなわち、<証拠省略>について順次検討すると、

(ア) <証拠省略>によると、同証人は収用地一帯の昭和四一年一一月三〇日現在の標準取引価格について、それぞれ九九一平方メートル当り収益還元方式によると二七万五、〇〇〇円、市場資料比較法によると金三〇万円ないし四五万円、復成式計算法によると金三〇万円ないし四四万円と算出し、結局本件公園対象地一帯の標準価格を金三〇万円ないし四五万円(一平方メートル当り三〇三円ないし四五四円)であると鑑定していることが認められ

(イ) <証拠省略>によると、同証人は本件収用地一帯の昭和四一年一二月五日現在の取引価格を市場資料比較法により昭和三六年一二月の南国ゴルフ場前の売買事例(九九一平方メートル当り金二七万一、三〇〇円)を選択し、これに事情補正して同年月、同所における正常取引価格を九九一平方メートル当り金二五万円とし、これに物価上昇の価格指数を乗じて金四二万円と算出しているが、ほかに収益還元方式によれば、九九一平方メートル当り約金二八万円、農地としての評価すれば九九一平方メートル当り金二九万一、〇〇〇円であるとし、結局右市場資料比較法による取引価格が正当であるとしている。

(ウ) つぎに<証拠省略>によると、同人は収用地一帯の昭和四一年一二月三日現在の標準取引価格について市場資料比較法により昭和三九年から昭和四一年度における収用地近隣の土地売買件数一五回のうち一三回は一平方メートル当り金二三二円から四五四円で取引されているとし、これに時点修正、事情補正を行つて一平方メートル当り金三四〇円と算出していることが認められる。

(エ) <証拠省略>によると、同人は収用地一帯の昭和四一年一二月一日現在の標準取引価格について、市場資料比較法により近隣同類型地の取引事例価格の取引事情を補正のうえ時点修正した価格一平方メートル当り金四八五円と四三六円および同人の評価先例標準価格を時点修正した価格一平方メートル当り金六五二円を基礎に固定資産税評価額の倍率推定価格金四四四円を参考に一平方メートル当り金四四〇円と査定していることが認められる。

(2)  ところで、これらの鑑定書を彼此対照してみると、いずれも市場資料比較法を重視しているにもかかわらず、その鑑定結果は必ずしも一致していない。ことに<証拠省略>の取扱いは本件収用地一帯の標準価格をいずれも市場資料比較法によつてそれぞれ一平方メートル当り金三四〇円あるいは金四四〇円と鑑定しており、右両鑑定価格は金一〇〇円もの相違があり、これを<証拠省略>と対照すると、その原因は鹿児島県当局が吉野台地で買収を初めた昭和三九年ごろから急速に付近の地価が騰貴したこと、ことに右鹿児島県当局の買収価格には、生活保障的な面を加味されたものもあり規範性のある一定時期の地価の標準価格を算出することが困難な事情にあつたことが推認される。しかし、いずれにせよこれらの鑑定書をもつても、本件収用土地の裁決額をもつて不相当だとはとうていなし難い。

(3)  もつとも、<証拠省略>によると、同証人は収用地一帯の昭和四二年二月一日(本件土地収用時)の標準取引価格について原告らの主張に副う金額を算出し、その理由として第一に昭和四〇年度の畑地の使用目的変更による売買価格について一五六町村の売買事例を価格群によつて分類しこの中から適当な価格群を引き出しこれに時点修正を加えると標準価格一平方メートル当り金八七七円が導びかれるとし、第二に昭和四二年四月二七日付および五月一日付の南日本新聞の広告により西日本不動産株式会社が大明ケ丘団地の分譲地を三・三平方メートル当り金一万六、〇〇〇円で売り出しているのを知つて、この金額から東京において通常宅地造成に必要な費用および企業者利潤等を控除した金額を二、六〇〇円とし、これに時点修正を加えると標準価格一平方メートル当り金八七七円が算出されるとし、原告ら七、九七〇番ないし七、九七四番、七、三七一番の土地は右標準価格に該当し、八、〇八九番は鹿児島市の中心地から他に較べてやや遠距離にあるので一五パーセント減じて金七四五円とし、八、〇四三番、八、〇四七番、八、〇四八番の土地も同様に遠距離にあるので一〇パーセント減じて金七九〇円とし、その余の山林については整地費用、距離的不利益を合わせて二八パーセント減じて金六三〇円になるとし、右鑑定価格の正当性を理由づけるものとして昭和四〇年五月より昭和四二年三月迄の収用地近隣の取引事例を列挙し、あるいは坂元町辻ケ丘団地の買収素地価格は三・三平方メートル当り金六〇〇円ないし金四五〇〇円であつて一平方メートル当りの平均価格は金九七七円であるとし、あるいは鹿児島市において畑地を住宅地用に転用した売買価格は三・三平方メートル当り金五、〇〇〇円であるとしていることが認められる。しかしながら、右第一の点は<証拠省略>に照してそれのみでは直ちに前段認定を左右できないし、第二の点については同証人が選択した売買事例が新聞広告によつて知つた昭和四二年四、五月のある不動産業者の例であつて同業者の売出価格をそのまま使用しており、同業者にあたつて詳細な事実の調査をなした形跡もないのみならず、これを前掲<証拠省略>中大明ケ丘団地と収用地一帯の土地の品位比較をなし後者が前者の標準価格の六〇パーセントに当ると算定した旨の供述と前に判示した本件収用地の地理的条件を対照すると、直ちにその結論は採用できない。ことに同証人がその鑑定書に掲げている収用地付近の取引事例は大方前判示の売買事例と同一であるにもかかわらず、その価格は大部分が前判示の売買価格と相違している。しかし、<証拠省略>中六二六一番単位面積九九一平方メートル当り金九六万円とあるのは(前掲(25)例金五〇万円に相当、以下単に(何)例金何円と表示する)<証拠省略>に照し、六三〇一番八〇万円とあるのは((33)例四二万円)<証拠省略>に照し、六九八五番一〇五万円((31)例四五万円)および七三四一番の一九金七〇万円((32)例七〇万円)とあるのは<証拠省略>に照し、いずれも直ちに信用できない。かえつて、<証拠省略>をも綜合すると、右六九八五番には庭園樹木等を計算して計一〇五万円が払われたが、土地はやはり単位面積当り四五万円とされたこと、七三四一番の一九を金七〇万円とされたのは特に同地上の樹木や茶園の価格を含めて評価されたものであること、また、七、四七七番の一を七五万円とされたのは買主が隣接宅地と共同使用の目的で高価を嫌わず買入れたことが窺われるのであつて、これらの事例はもともと特殊価格とみるべきもので、その売買金額のみをもつて正常価格算定の基礎となすには相当でない。加えるに、<証拠省略>によれば同人は<証拠省略>を作成するに当つて、本件収用地付近が急速に都市化することを前提として鑑定していることが窺われるけれども、<証拠省略>を綜合すると、むしろ、本件収用地付近の宅地化の熟成度は低く、吉野公園地帯造成事業により昭和三八、九年頃から前述の如く地価が高くなつたけれども、それは一時的な傾向とみることができるので、彼此対照して考察すると、<証拠省略>は、その規準として選択した売買事例の内容が正確さを欠いているのみならず、その取扱いの点において、必ずしも相当でなかつたというべきで、同号証に掲げる事例を主要な資料とした右鑑定書をもつて、とうてい前段認定を左右できないし、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(4)  以上の次第で、結局、本件収用地に対する裁決額は正当で、この点の原告らの補償額の主張は理由がない。

第二原告朝熊に対する

一  建物移転および仮住居費等に対する補償について

<証拠省略>を綜合すると、被告が原告朝熊に対し同原告の建物移転および仮住居動産移転、移転雑費等に対する各補償額は内容が定めている損失補償基準(乙第一二号証)および鹿児島県の損失補償基準(乙第一号証)に従つてなされた経験のある一級建築士の調査および算定に基づくもので、その構造、面積などに照し、これに対する各補償額はいずれも相当と認められる。原告中森朝熊本人尋問の結果をもつても右認定を左右できないし、他に同原告の主張金額を正当とするような具体的事実を認めるに足る証拠がない。

二  生活補償費の請求について

原告朝熊の請求する生活補償費の内容は、結局、同原告が八、〇八九番の土地を収用されたことにより、同土地から一年間に収穫しうる作物相当の農耕不能による逸失利益(二五万円)および牛豚畜産業の不能をきたしたため、一年間の得べかりし利益(六五万円)の総額であり、なるほど、同原告が八、〇八九番の土地で農業に従事していたことは当事者間に争いなく、<証拠省略>によると、同原告は土地収用前牛一頭、親豚三頭を飼育し、親豚には毎年子を産ませこれを養育して年間約二〇頭の子豚を売りに出していたが右土地収用後は牛豚各一頭を飼つているにすぎないことが認められる。

(1)  しかし、<証拠省略>を綜合すると、同原告は、その所有の畑一八一四・八七平方メートル(一反八畝九歩)のほか、義妹花倉キク所有名義の畑一四三八・〇一平方メートル(一反四畝一五歩)をもかねて耕作していることが認められるので、これを<証拠省略>と対照すると、右程度の畜産経営は充分可能であることが窺われるので、その不能を前提とするうべかりし利益の損失(六五万円)の主張はすでに理由がない。

(2)  つぎに、農耕不能による損失の主張は、耕作予定の年間作物の価格に相当する、いわゆる荒利益にすぎず、補償の対象として考えるときは、その経費、労力等を価格に換算して控除した純利益を考慮すべきところ、その主張の如き多額の収入を得ていたことにつき従来税務当局に申告のなされていた形跡も窺われない本件においては本件収用土地が格段に収益率の高い土地であつたとも認められない。しかも、<証拠省略>を綜合すると、同原告に対する八、〇八九番畑の収用土地は宅地としての価格をもつて裁定されたもので、農地としての価格より金二〇万円以上高く、これにいわゆる農地補償の趣旨を含めてあつたこと、しかも、それは経営規模縮少による補償額の算定より遥かに高額となつていることが認められるので、改めて、その補償の要がないというべきである。

(3)  加えるに、<証拠省略>によると、原告朝熊は八〇八九番の土地の買収について起業者に替地を要求したので、鹿児島県は収用地近隣に所有する土地を提供したが、同原告は替地が収用地と同質同面積同等以上の条件を満すことに固執したため換地の交付の機会を失ない、後日独自の立場で近所に替地を得ようと努めたけれども目的を果さなかつたことが認められるので、その損失を被告の責にのみ帰するのは失当で、同原告の生活費補償の主張は失当である。

三  果して、そうだとすると原告中森朝熊に対する補償額はすべて正当で、同原告の本原請求は理由がない。

第三原告中島親信に対する生活補償費について、

原告中島の請求する生活補償費の内容は、結局、同原告が八〇五五番、八〇五六番の採草地が収用されたため、牛の畜産経営不能による一年間に得べかりし利益喪失による損害金五〇万円である。そこで、その損害の存否についてみるのに、

(1)  同原告が土地収用前牛を飼育し、八〇五五番、八〇五六番の土地を採草地としていたことは当事者間に争いがない。

(2)  <証拠省略>によると、原告中島は土地収用裁決前は常時二頭の牛を育成し、交互に売却買入れし、年間約七、八頭の牛を売却し、約五〇万円程の利益を得ていたが、土地収用裁決後一、二ケ月して牛の飼育をやめてしまつていること。同原告は、土地収用前は八〇五五番、八〇五六番の土地のうち採草地となつている約一、〇〇〇平方メートルの部分から採取する草のほか、田畑の一部に栽培する牧草および農作物を牛の飼育に供していたが、しかし、同原告には本件土地収用により採草地、畑を失つても、収用地以外の残地として田二一一二平方メートル、畑五〇九平方メートル、山林一万八五九平方メートル、荒地六三四平方メートルを所有管理しているほか、同原告妻名義の山林三六七二平方メートル、長男名義の畑一四九七平方メートルを耕作しており(以上、残地の点は当事者間に争いない)、右山林のうちには優に一、〇〇〇平方メートルを越える採草地があることが認められる。

(3)  <証拠省略>によると、肥育牛を常時二頭飼つている場合に一年間に要する粗飼料は約一五トンもあれば十分間に合うとのことであり、右量数の飼料を得るためには表、裏作を利用するなら畑が一二〇〇平方メートル、表作だけならその二倍の二四〇〇平方メートルの土地があれば十分であり、濃厚飼料については現在ほとんどの農家がほかから購入している実情にあることが認められる。そうすると、以上の事実に照し原告中島は残地として右程度の粗飼料を賄うに足る田、畑、山林および採草地を所有管理ないし耕作しているので、同原告は従前の畜産経営を残地において続行することが可能であつたというべきであるから、その経営続行を不可能であることを前提とする同原告の請求はその前提を欠き理由がない。

第四原告らのその他の立竹木、立木などに対する補償額について、

右補償額については、原告らも収用委員会のなした補償額と同額の請求をしており、ほかに右補償額を左右するに足る証拠もないので、右補償額を相当と認める。

第五以上のとおりであるから、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 藤田耕三 酒匂武久)

別紙第一ないし第四目録<省略>

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